LOVERSION Music レビュー

第4回 入賞者ガラ・コンサート

音楽ジャーナリスト・池田卓夫 編

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※写真=左:和田七奈江 右:池田卓夫


LOVERSIN TOKYO 第4回 入賞者ガラ・コンサート

コンポーザー&ピアニストの和田七奈江が主宰する「ラヴァージョン東京」は今年4月28日、渋谷・松濤の高木クラヴィーアのスタジオで恒例のオーディションを行った。課題曲の和田作品と自由曲でそれぞれが個性を発揮、とりわけ強い印象を残した5人が3か月後、紀尾井町サロンホールでの「入賞者ガラ・コンサート」に、トップバッターで「涙のショパン」「Love Ballade」の2曲を弾いた和田とともに出演した。

神戸市から来た山田由梨は作曲、ピアノを国内外で学び、現在はオリジナル曲をライヴで弾いたり、放送や美術のアーティストに提供している。「中庭の水辺」「then それから」「Cantabile」の3曲を通じ、穏やかで優しい感性を聴き手の耳にふわりと自然に、届けていた。

パリでメロディー(フランス歌曲)や宗教音楽を学んだソプラノの新倉明香はピアノの川端友紀子と登場。イタリア近代のアルディーティ作曲「口づけ」とフランス近代のドビュッシー「操り人形」、プーランク「歌で綴る思い出」の歌曲3曲の後、ヘンデルのイタリア語歌劇「ジューリオ・チェーザレ(ジュリアス・シーザー)」のアリア「難破した船が嵐から」を歌った。オーディションの時から際立っていた透明でしなやかな美声は仏語メロディーの繊細さや洒脱さだけでなく、バロック歌劇の装飾歌唱法にも有効であることを示した。

後半の最初も歌。藤原歌劇団所属のメゾソプラノ、細見涼子は筆者の長年の知人でもある北村晶子のピアノで歌った。ゴンドラ漕ぎの競争を愉快に描いたロッシーニの「ヴェネチアの競艇」からの3曲を藤原歌劇団員ならではの血の通ったイタリア語で沸かせた後は一転、チャイコフスキーのオペラ「オルレアンの少女(ジャンヌ・ダルク)」の劇的なアリア「森よ、さようなら」をロシア語で歌い、経験豊かなメゾならではの感銘を誘った。

今回の公演は前半と後半がシンメトリー(対称形)で構成されている。両端がピアノ・ソロ、他方の端が歌の間にコンポーザー&ピアニストの自作自演がはさまる。後半では松竹大介が「improvisation 130728」「niji」の自作2曲を弾いた。前者はコンサート本番の日付そのものを題に採り入れた正真正銘の即興演奏。最初はヒーリング系で行くのかと思ったら、途中ではジャズのスイングが現れたり、現代音楽風の響きが現れたり……で、楽しませてくれる。2曲目ともども音の引き出しが多彩で、様々な心象風景を巧みにピアノの音へと変換していく潜在能力の高さをみせた。

最後は今年ウィーンから帰国したばかりの若いピアニスト、石井コンラード絵里子。心配そうにヴィデオのスイッチを入れたドイツ人のご主人は音楽家ではなく、人文科学の教授だそうだ。オーディションではいきなり、アメリカのコンポーザー&ピアニストの重鎮、フレデリック・ジェフスキーの「ウインスボロ・コットン(ウィンズボロ綿工場のブルース)」を過激に弾きまくり、私たち審査員が唖然とするほど強い印象を残した。今回もコンサート全体の最後をこの曲が飾ったが、その前に名曲中の名曲、ショパンの「バラード第1番」を置いたので「普通のレパートリー」での力量を知る好機ともなった。多くのショパン弾きが基本(グランド)テンポを厳格に守る中、巧妙にルバート(テンポを一瞬“盗む”場面)を設定していくのに対し、石井コンラードはシークエンスごとのドラマに迷わず入りこみ、ある意味、現代音楽のような即興性で極めてユニークな解釈を試みた。すべてが成功したとは思えないが、この感性がショパンの古典性(ベートーヴェンよりJ・S・バッハに傾倒していた)とうまく折り合いをつけた時、一層の輝きを獲得するだろう。ジェフスキーは改めて、圧巻!

池田卓夫=音楽ジャーナリスト、LOVERSION審査員&司会者