LOVERSION Music レビュー

入賞者ガラ・コンサート2012

コンポーザーピアニスト 和田七奈江 編

photo_01
LOVERSION TOKYO ピアノ・オーディション
入賞者ガラ・コンサート2012 

 

 音楽ジャーナリストの池田卓夫氏に中身のあることを全て語られてしまいましたが、ここでは私なりの率直で飾らない感想を書いてみようと思います。 

  さて、、入賞者ガラ・コンサートはこの度で2回目。1回目の成功をバネに2回目もやり遂げまして、ホッ。です。皆さんのお力にはいつも圧倒させられます。おつかれさまでした。まず、出だしのプロローグとして私が自分の曲、「Go Together」を弾きました。この曲はNHKラジオ局で何度か放送されています。演奏会で弾くと必ずと言っていいほど、「列車がガタンゴトン進んでいるようだ」とか、「走り抜ける感じだ」とか、「山を登っているようだ」…など、はっきりしたイメージの感想を頂きます。実は繰返しの作業を忍耐強く続ける状況を表現したつもりです。例えば、私がイメージするのは、、毎朝の通勤ラッシュ。昨日も今日も同じ時間の同じ電車に乗り、押し潰れながら目的地へ向う。つまらない繰り返しにウンザリしながら、しかし、それでも明日を迎える…。不思議とこの曲は男性やキャリア志向の女性に人気があります。

  最初の演奏者は、とても知的な大高聖子さん。ピアノや音楽を大学等の音楽教育機関で特別に専攻した経験がないにも関わらず、このような舞台で堂々と弾いているのを御見受けして、個人的に相当いい先生に習っているか、習っていたか、どちらかではないか?と思わされました。実際の専門は法律で、現在は主婦としてお母様業もこなしています。生活に揉まれた「オバさん」という感じがしない、とても上品な魅力が第一印象です。音楽業に対する気負いがないことがプラスに働いているのかもしれません。ご主人様にとっても自慢の奥様なのではないかとお察しします。 

  2番手は、伊藤実希さん。こちらも案外、知的系かもしれません。今のところ、まだ20代。クラシック・ピアノ演奏というのは、中学生ぐらいでもズバ抜けた才能を見せる事の出来る分野ではありますが、やはり円熟味は年を重ねるごとに出てくるものだと思います。実希さんの演奏はどこから聴いても基礎が素晴らしいので、あとは美しい蝶になるのを待つばかり。実希さんのお母様は最前列で実希さんの演奏を熱心に聴いてらっしゃいました。やはり、親御さんが子と一心同体で進むことは大変重要です。しかし、こんな名言もあります ― ノミは1ミリたらずの体で1メートルジャンプが可能。しかし、1度10センチのコップをかぶせられるとその後はずーっと10センチしか飛べなくなる ...。どうか前進する行く手を阻まぬよう、大きく見守っていただければと思います。

  3人目は同じく華の20代、井上華絵さん。思えばお名前のとおり「華」のあるピアニスト。明るく美しい第一印象が記憶に鮮明です。当日はガーシュイン作曲の「ラプソディ・イン・ブルー」という大曲を弾いて頂き、とにかく感謝しています。選曲で聴衆の心を掴んだのは確かです。しかし、ご本人は、コントロール力の欠けた演奏をしてしまった…、と、何とも客観的で厳しい自己分析をくだしています。確かに多くのピアニストが悩むのはコントロール方法です。その場の雰囲気や、体調や精神状態など、様々なものに本番の演奏は影響されがちで、練習の成果が舞台で出せなかったという事が度々あります。しかし、実はコンサートで100%満足のいく演奏なんて偉大な巨匠ピアニストでも滅多に出来るものではないのです。華絵さんにはカッコイイ名言をプレゼントしましょう...「今いるところで、今持っているもので、あなたが出来ることをやりなさい by セオドア・ルーズベルト」

  2部のトップバッターは、Loversionが大好きな樋口俊明君。今回、唯一の頼もしいかもしれない男性スケットとして特別出演いただきました。彼の演奏技巧はクラシック演奏の目線で見ると何か違います。しかし、無理に同じようにする必要はないと思います。何故なら、クラシック専門の奏者ではないからです。彼はリハーサルでは背付きのイスを使い、本番では背無しのイスを使いました。そんな風に環境にこだわらないところが彼の強い武器です。たいていのクラシック学習者はイスの種類が気になって集中できないとか、照明の明るさに神経質になって苛立ったり…手間がかかるのです。また、毎回お約束のように曲の中で強調するトゥリル奏法は、まるで彼自身の飄々とした人生をおかまい無しに表現しているかのようで、聴き捨てならない気がします。世界中どこを探しても自分と同じ人間はいないものです。自分のオリジナリティを出せる音楽が最後に勝つという事を、案外、彼は知っているのかもしれません。

  次は、京都から参加の橋本幸代さん。オーディションの時はバッハの編曲で審査員一同の度肝を抜きましたが、更に、この度は3曲3様のスタイルで会場を熱くさせました。全身全霊でピアノに向かう姿勢や、その心情を音に乗せる確固たる技術が私の心を捕らえた瞬間が幾度もあったように思います。入賞者ガラ・コンサートは、合格された方をお披露目できる貴重な機会であるのと同時に、約10分のオーディション審査の中だけでは見ることの出来ない各奏者の別の魅力に会える絶交の機会だと私は思っています。まさに今回、3曲の中でもご自身の作曲である「Pure」では、バッハの編曲とは全く別顔の温かい演奏を聴かせて頂きました。最も中身の充実している脂の乗ったピアニストだと再認識させられます。

  最後は北海道出身で現在、東京芸術大学の音楽音響創造科に在籍中の直江香世子さん。編曲のセンスが抜群です。そして何より、聴く者の心にすーっと沁み入るような優しく深い音色...、自分の出す音をじっくり聴きながら弾き進める余裕、、。香世子さんは間違いなく大器です。つまらない批評など入り込む隙もないほど完成されているように思います。香世子さんの演奏を聴いていると、どういうわけか広い大草原の情景が私の心に浮かぶのです。もしかしたら北海道の自然と共に育った影響で、そのような演奏が出来るのでしょうか…。もしそうならば、音楽家は便利で窮屈な都会よりも、風を感じる広い自然と接しながら生きる方がいいのかもしれません。
 
  これで終わりなのですが、最後は私の十八番、「Love Ballade」で閉めさせて頂きました。司会の音楽ジャーナリスト・池田卓夫さん、おつかれさまでした。音楽関係の仕事経験が豊富なだけに、込み入った打ち合わせ無しでスムーズに本番を進行して下さいます。また、司会以上に本番中のピアノ椅子の入れ替えや、譜面台の付け外し作業など、力仕事の方でもことのほかお世話になっています。やはり池田氏のような頼もしい男手が必要です 笑 次回もよろしくお願いします。では、、そろそろ話が長くなるので、この辺で失礼します。

和田七奈江







音楽ジャーナリスト・ 池田卓夫 編

コンポーザー&ピアニスト、和田七奈江は自作を課題曲とするオーディションを年に何回か開き、入賞者が和田と一緒の舞台で弾く「LOVERSION TOKYO ピアノオーディション入賞者ガラ・コンサート」を続けている。6月28日には「2012第2回入賞者ガラ・コンサート」が東京・日暮里サニーコンサートサロンであった。

出演したのは和田と2012年入賞の女性5人、11年入賞で唯一の男性である樋口俊明の7人。最初は「Goodセンス賞」の大高聖子。法律を学び米国で政治学を修めている時にピアノの才能を励まされ、帰国後は主婦のかたわら演奏を続けている。充実した日常に根差し、心を落ち着かせる音楽が心地よい。米国で出会った「ロータス・ランド」(シリル・スコット作曲)はオーディションでも演奏、きっと人生のテーマ曲なのだろう。桐朋学園からポーランドに留学した伊藤実希は「Goodパフォーマー賞」。ショパンのワルツ3曲は水準以上に弾きこまれ、安定性も備えていたが、個性を印象付ける「強い何か」に不足する。成功へのプレッシャーが薄らいだ時、心から自分の音楽を奏でられるようになるという話を聞く。伊藤もまさに、脱皮の瞬間を探っているのだろう。前半最後は同じく桐朋出身の井上華絵。「Goodテクニカル賞」だけあって自分の好きな曲を達者な技で思う存分、弾きこなす。ガーシュインの「ラプソディー・イン・ブルー」でもピアノ・ソロ、オーケストラの両パートをピアノ1台で表現するのは至難の業だ。もう少し抒情味があれば、より感動したに違いない。コントロール力を上げる以上に、先ずは固定観念を捨て自己を解放することが案外、突破口になるかもしれない。 

後半は先ず樋口が「大きな古時計」と「天空」(楊明煌作曲)の間に自作の「前奏曲~何時~」をはさみ、従来より一段引き締まった構成力で、独自の世界を印象づけた。続く橋本幸代は京都からの参加で、「Goodテクニカル賞」の受賞者。J・S・バッハの「トッカータとフーガ」、ミシェル・ルグランの「キャバンの到着」それぞれの独自編曲の間に自作の「Pure」を置き、しっかりした演奏技巧と音楽の語りくちの上手さで聴かせた。音大を出た後も各種オーディション、コンクールを受け続け、結婚式や合唱の伴奏まで幅広く手がけ、つねに「現場」に身を置こうと努めてきたことが今の強い表現につながっているのだろう。最後は北海道出身の作曲家で、現在は東京藝大の修士課程で音楽文化学、音響音響創造などを学ぶ直江香世子で、「Goodセンス賞」を受けている。スコットランド民謡「蛍の光」、レナード・バーンスタイン作曲の「ウェストサイド物語」を自身の編曲で演奏。楽曲の持ち味や構造を作曲家の目でとらえ、余分な力や思い入れを加えず自然に弾くピアノの音は、とても魅力的である。

主宰者の和田は前半の冒頭、後半の締めくくりにだけ演奏した。自分が作曲した音楽の世界を伝えるのにどんな音、歌わせ方が最適なのかを絶えず探りつつ、客席の1人1人に語りかけるように弾く手腕は、やはり見事なものだ。



音楽ジャーナリスト 池田卓夫【いけだ・たくお】